Monthly Archives: 7月 2011

井原西鶴たん

 まずもって知的レベルがばれるような事を書きますが、27にして図書館のすばらしさが分かりました(アホ)。
 当然絶版になっているであろう本、需要が偏りすぎているような本、単価数万円するような本があるある。その魅力的な本の多いこと多いこと。宝のやまじゃねーか。しっかり利用して、金が貯まったら寄附しよう。

 ということで、資本主義の本を読んでいて言及されていた井原西鶴たん。気になったので、図書館でちまちま本を読んでみていました。
 この井原西鶴と名乗るおっさん。1642年裕福な商屋の家に生まれる。本名は平山藤五。1693年8月10日に亡くなる。あとで出てくる芭蕉もそうだけど、人生50年ってこの時代ほんとそうなんだね。
 最初は家業を頑張っていたようで、あまり文献で確認できないらしい。初めに西鶴たんの作品が現れるのは25才で3つの俳句。

餝縄(かざりなわ)や 内外二重 御代の松
心爰(ここ)に なきかなかぬか 郭公(ほととぎす)
彦星や げにも今夜は 七ひかり
『遠近集』

 この時は鶴永(かくえい)と名乗っていたそうな。江本さんによると、「他愛ないというか、単純というべきか、そんなにいい句ではありませんよね。」と一蹴。その程度の句だそうです。
 この調子で当面泣かず飛ばず。どうにか32才で西鶴と名乗り初め、大句集を発表したりして、ようやくノリはじめる。西鶴たんは俳句を詠むと言うよりは、句集を手がけるなどプロデュースが上手だったよう。
 さあさあ、俳句事業が軌道に乗り始めるもそこから2年、なんと西鶴と3人の子供を遺し、奥さんが亡くなる。このころ乳飲み子もいたようで、西鶴たんの後の作品には、子供が泣くたびにパパが乳飲み子を持つお母さんを捜しておっぱいを分けてもらう。なんていう話もあるとか。

 丁度この1670年代「軽口」がブームで、情緒ある俳句みたいなものは求められておらず、タイムリーなネタ的な句が求められていた。そこに頭の回転が速い西鶴は上手くのっかりガンガン売れ始めた。時に西鶴たんは「矢数俳諧」というものを生みだした。一昼夜で1800句読むとか、短時間で量を生みだすというスタイルを打ち出し、張り合ってくるライバル(月松軒紀子、大淀三千風)も出てきたりで、勝負し盛り上げていたそうな。(完全に芸人?)

 同時期にに活躍していたのが、かの松尾芭蕉(1644-1694)。西鶴はブームにはノルも、蕉風などを築き上げ文学としての評価を築いていく芭蕉に対して、西鶴の俳句は「阿蘭陀(おらんだ)流」(変なものの俗称)等と軽蔑されておったらしい。芭蕉の評価が上がるなか、西鶴は最終的に詠む数を増やし43才で一昼夜に2万3500句詠んでみたりして対抗(1句3.3秒)。
 とまあ西鶴もその無意味さに気付いていたのであろう、この3.3秒1句の興行を最後にして作家へと転向していく。

 ところで俳句はかなり高度なマジカルバナナみたいなもんなのですね。

軽口にまかせてなけよほととぎす
瓢箪あくる卯の花見酒
水心しらなみよする岸に来て
(略)

軽口の軽いところから、瓢箪をみちびきたし、ほととぎすから卯がでてくる。
瓢箪は昔の浮き輪みたいな使い方がされていて、そこから水心がでてくる。
ここでの「しらなみ」は「知らない」と「白波」をかけている。
 こーいうのを一昼夜3.3秒で読み繋いでいくわけです。正に天才だったんだろうなあと。

 そんな西鶴が、旅でプラプラしながら俳句を詠むような後輩(2こ下)の芭蕉と比べられてバカにされる。そりゃー悔しかったんじゃないかなと思うわけです。
 俳句を辞め、作家も転向してからは、再び人気作家として花を咲かせ、後生にも残る作品を残したわけであります。西鶴たんの天才的な観察眼を通して書かれた町人文化は、今読んでも説得力があり300年前の町が目に浮かぶようで。海外でも翻訳されて読まれていると。
 なんとなく実際に会うと絡みにくいおっさんな気がしますが、妙に憎めないいいおっさんだったんじゃないかなと(笑)

 さてはて、「日本永代蔵」の感想とか書いてみようと思っていたんだけど、とりあえず眠いので尽きてみる。
(つづく) » Read more…

ネタバレなんて気にしない『時をかける少女』谷口正晃

 身の回りでは大絶賛だった気がするようなこの作品。そんなにビビビンとこなかったなあ。仲里依紗はそりゃ可愛い。みんな見ていた気がするので、見ていた人が読む前提で以下自己満足カキコカキコ。ちなみに、筒井先生の原作も過去の映画作もアニメも全部みておりませぬ。

 どこまで原作通りなんやろか。
 2010年のおかん芳山和子(安田成美)は1972年4月にいるはずの当時の恋人深町一夫(石丸幹二)に会うため、過去に行ける怪しい薬を開発する。しかし、普通に交通事故をして娘の芳山あかり(仲里依紗)が、代わりに薬を飲んで過去に向かう。でもまちがって1974年2月の大学の理科の実験筆の溝呂木涼太(中尾明慶)の上に落ちてくる。
・なんで、おかんの意識が回復するかもしれない、くらいの理由で過去まで飛ぼうと思うか?
・1974年に大学の理科の実験室で、大学に関係のなさそうな映画監督を目指す涼太は何をしていたのか?
・おかんは記憶が残ってるからタイムリープの薬を作ろうとしたのか?無意識?
・どっちにしてもおかん、1972年に悲しい別れをして、1974年にも新(?)恋人ゴテツ/長谷川政道(青木崇高)をアメリカにいかしちゃうなんて、女として男前すぎる。いや、切なすぎる。あるいは、ゴテツは「二番目の男」という事で、妥協を皮肉に描いているんだろうか。
・こんな可愛い女の子に「お願いだから泊めて!」と言われて、なぜ断れるのか。(せめて知り合いの女の子の家紹介するとかようよう。)
・ゴテツや一夫みたいな女を平気でほっぽらかす輩がもてて、涼太や浅倉吾朗(勝村政信)みたいなのが報われないってリアルすぎて泣けますね。
・正直。いきものがかり苦手なんだ・・・。
・まあでもさ、ヒロインがかわいくて、ヒロインに恋する男が切ない結末ならとりあえず、映画全体がよかったような気持ちになるよね。 » Read more…

District 9(大いにネタバレ)

 汚い!気持ち悪い!されど少し同情してしまう。でもやっぱり気持ち悪い!見てるともぞもぞしてくる映画「第9地区」借りて見ました。ほいさ
 
 南アフリカに、エビ型(気持ち悪い昆虫全部足した感じだけど、エビと呼ばれる)の地球外生命体がやってくる。
 宇宙船の中にいる栄養失調気味で、餓死しかけのところを保護。エビさん達は難民としてヨハネルブルグに居住区が作られ人間から迫害(差別?)をうけつつ住んでいる。治安などの問題から、町の中心部に近かった居住区をもっと遠くに移そうと言うことで、難民キャンプの各エビさんの家を回って、移住に同意のサインをしてもらったりする。(なんとエビさん達は英語もしゃべれるしサインもできるのだ!)そんな中で、移住作戦の人間側軍隊のリーダー(ヴィカス)がうっかりエビさんの家にあった液体を被ってしまい、どうもヤバイ液体だったみたいで、徐々にエビ化していく。

 エビさん達は地球外生命体なんだけど、侵略とかそう言う感じではなく、差別されている外人さん達という感じ。ってかこの映画のテーマがそこにドンピシャすぎるだけなのですが。エビさん達は、実に自然に、拾ったらしいタケコプターつけてたり、ブラジャーつけてたり謎に人間らしい感じが楽しい。 » Read more…

シフォン主義

 二十一世紀の資本主義論/岩井克人 という本に「美しきヘレネーの話」という章でギリシャ神話「パリスの審判」の話がある。ご存じの方が多いのだろうなあと思いながら自分のために書いてみる。

 昔昔のお話。海の女神テティス英雄ペーレウスの結婚式が行われることになった。
 この式には神々の王ゼウス自らがしきっていた。さすがにオリンポス在住の全ての神が参加。のはずなのに、そこには争いの女神エリスの姿はなかった。呼ばれていなかったのだ!(実際の結婚式でも、争いの女神を呼ぶかどうかは困りものなのかね。)
 それにキれたエリス「もっとも美しい女のもの」と書かれた黄金の林檎を、神々の元に投げ入れた!呼んでも争いの種になるんだろうが、呼ばなくても…。
 ここから、その黄金の林檎の所有者を巡り、へーラーアテーナーアプロディーテーの美女神による美しさを巡ってのバトルが勃発する。
 女子バトルに困ったゼウスは、トロイアの王子パリス(人間)に審判を押しつける。
 パリスに「もっとも美しい」と審判してもらうために
ヘーラーはアジア全土の支配権
アテーナーは戦争での勝利をもたらす英知
アプロディーテは地上で一番美しいとされているヘレネーを妻としてあたえるという約束
 を提示する。パリスはもちろんヘレネーを頂き、アプロディーテがもっとも美しい女と認定されたわけです。めでたしめでたし。

 その実、アプロディーテの美には全くふれず、アプロディーテが美しい女と認定されてしまったわけで。さらにヘレネーも本当に美しいかどうかすら明らかでないのに。実態を無視したところで、「美しき女性」という言葉が一人歩きして交換に利用される。ヘレネーちゃんはたまったもんじゃありませんが。
 この、本質を全く無視した「美しき女性」という存在。これこそが資本主義の根幹をなす「貨幣」のたとえとして本の中で描かれております。
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成功する方法

 会社の先輩に「この本は自己啓発本っぽくなく、話が面白くて読みやすいからお勧め!」と言われて、夢を叶えるゾウ、を借りて読んだ。
 120%自己啓発本だった・・・。
 17~20才の頃は自己啓発本読んでは、モチベーション上がって頑張れたもんだけど、ひねくれてもうたなあ。

 この本読んだって、「成功者」にはなれないし、自分が「不成功者」であることを自覚するだけの害悪以外のなにものでもない本だ。
 どうせならカーネギーの「人を動かす」とかを読んだ方がまだいい。「人を動かす」は賢い人たちの行動の具体例なんかがのっていて、非常に研究されていて、もちろん自分がそういった賢い人になれないとしても、勉強になる本だった。

 物語は、

「自分、昨日めっちゃ泣いとったで」
ガネーシャはなぜか宙にふわふわと浮かんでいる。
「号泣しながら言うてたやん、『変わりたい』て」

という始まり方。ガネーシャは神様らしい。
 私も、物心ついた時から20才くらいまで、正にこんな事言っていたなあと思い出す。
 自分のことをミソカスな人間だと思い、長所は「積極性」だと思っている。でもその「積極性」は自己啓発本を読んでひねり出した幻想で、外に出る前、あるいは帰ってくると家の布団でくるまって「貝になりたい」とか言っている。
「変えなきゃ!自分を変えなきゃ!立派な人間になって世界を助けるんだ!」
 若者特有の全能感を加えてさらに悪化する。

 そして、本はここからトイレ掃除しろだの寄附しろだの、普通の人がさぼりがちな「いいこと」をやれと迫ってくる。

 この本の終わりで、神様ガネーシャはこんなことを言う

「成功だけが人生やないし、理想の自分あきらめるのも人生やない。ぎょうさん笑うて、バカみたいに泣いて、死ぬほど幸福な日も、笑えるくらい不幸な日も、世界を閉じたくなるようなつらい日も、涙が出るような美しい景色も、全部全部、自分らが味わえるために、この世界創ったんやからな」

末尾にこんな言葉が見える「でも成功したいやろ?」
 彼らは成功者と不成功者に二分してしまう。実際、自己啓発系の集まりに行けば、それは明らかにある。ってか創られている。金を持っていそうな人が壇上に上がり、芸能人との交友関係を交えつつ「成功事例」を語る。「あなたのトイレは綺麗ですか?」と聞かれれば反省し、徐々に自己否定で満たされてくる。
 悪質だと自分の欠点を全部さらけ出す機会まで与えて頂ける。そして土足でドシドシ心の中に入り込んできて、財布の金を奪っていく。彼らは非常に巧みに金を稼いでいるよね。そしてよく考えられていると思う。
「成功者と不成功者の国」のカースト制度だね。

 なんや久しぶりに、啓発系の本を読むと、不満ばかり噴出することに驚いた。これも良い読書体験である。
 今私は「成功者と不成功者の国」から亡命して洗脳を解くためのリハビリ中です(笑)
 なお、生きるためには金を稼がなきゃいけない。が、それはまた別の話。

取り急ぎ激お勧めの一冊『困ってるひと』大野更紗

 なんか世間はサッカーに熱くなっている頃、「困っているひと」という本に熱くなっていた。午前0時に読み始めて途中でとても終わることができず最後まで読み切ってしまった。正味4時間、ちなみに、なんかムーミン谷とかでてきたり、かなり読みやすい。
 ブラックユーモアみたいなものも笑える人であれば、結構楽しく読めると思う。じめじめした暗さは全くない。私は随分声を上げて笑いながら読んでいた。そりゃー背景に流れる事実想像を絶するような事ばかり。でも、面白いんだからしょうがない。

 この本は1984年福島県生まれの免疫系(+α)の非常に珍しい難病にかかった女性の物語。6月16日発刊なのかな、少し福島原発の話にも触れていたり。大野更紗さんは大学生時代にビルマ難民問題に積極的に取り組んでおり、これから大学院に行って東南アジアの現地で学んでやろうと意気込んでいた矢先の発症であったらしい。
 ビルマの難民問題を核燃料棒もびっくりの熱さで取り組んでいたために、たまに自分を難民とみなして、難民を支援する側を観察したり、他の難民(患者)にインタビューして、書籍上で分析して見せたり。まあとにかく視点が多様で面白い。病院での胸が締め付けられるような切ない恋話もあり。ううう。いいなあ。

 ビルマ、難病、おしり、恋、社会保障問題と、チラシ寿司の具か!となんでも入っている一冊。ちなみに調和が素晴らしい。
 この記事の意味はもう分かるな。それが伝ったら以下読まなくていいから本屋に走れ!
 お小遣い制限が厳しいという人は、→←困ってるひと ブログでもよめるようですよ(ぼそっ)。
ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=(o゜―゜)o
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花札

 お誘いを受けて新茶を頂く会に行って参りました。美味くてよいすな。
 お寺でやるということで、なんとも日本らしい装い。日本人でよかった。

  この会に、せっかくならなんか面白いおもちゃを持っていこうと思い立ち、「花札」と「百人一首」を手に入れて持っていきました。
 最初は百人一首で坊主めくりなんぞやりながら、お茶を濁していましたが、花札の名手がやってまいったので、教えを受けながら「こいこい」を開始。

 ところで、花札は元々、1600年以前にトランプが日本に入ってくるも、賭博が禁止されるに従って、絵柄を変えてきたそうな。だから、花札は12ヶ月×4種という構成になっているんですね。
 猪鹿蝶とか柄を揃えるなどしてポイントを稼いでいくわけですが、オサレですよなあ。日本人って素晴らしいと思う。スペードダイヤなんていうシンプルな柄が、動物に花に姿を変え、その組み合わせでポイントをつけていく。カードをやっていても、「月!」とか「花見酒!」とか叫びながらやるわけで、それだけでも風流。
 昔は金をかけて酒を飲みながらやってたんだろうなあ。
 結局、男子一名と熱戦になってしまい、大バトルを繰り広げていました。30点先取で28点対0点で負けているところから21点まで追い上げたところで負けましたいやホントはみんなが交流して色んな話をする場だったんだろうが、ちょっと悪いことをしたと反省。

 それでも面白い。いつでもお声賭け下さい。