フィクション『族長の秋』ガブリエル・ガルシア=マルケス

 最近男のマザコンの作品ばかり見ている気がする。書いてないけど「冷たい熱帯魚」とかもマザコン映画だった。ノンフィクションなりの怖さがかなりあったけど。
 この本もマザコン本だと思って読むとそうとしか思えなくなるので、できるだけ別の角度から(笑)
 まずもって訳がいいなあと思う。鼓直(つづみただし)さんという方の訳で、最初こそ舟をこぎながら読んでいたけど、中盤からは一気に読み進められた。

 精密検査の結果によれば、動脈はガラスも同然、腎臓には海岸の砂がたまっているし、心臓は愛の欠乏のためにひびが入っていた。
P347

 あえて抜き出そうとしてみると、こういう流れのいい文章とか。これは、かなり終盤で、エンディングに真っ逆さまに転がっていく最中のセリフ。ここまで民衆からの愛に飢えた独裁者としての流れを汲んで、なんとも面白い一文。

 全体の文章構成も非常に変わっていて、目次には
族長の旅・・・・・・・・・・・・5
解説・・・・・・中島京子 369
だけ。
 途中に章立てとかなく、しかも段落が代わることもほぼ無く、主語も「われわれ」となっていて、語り手がしれっと変わって場面転回がわかりにくい。ちなみに段落が変わるのは P64 P119 P171 P224 P289 の5回だけ(ミムラ調べ)。段落としては6段落ですね。
 携帯小説の作家が読んだらびっくりするに違いない。そうでなくてもびっくりするのに。
 あとがきで知ったけども、ノーベル文学賞の受賞者だそうで。
 ひとつは無駄を省いたのだろうし、ひとつには、全体として一つの物語という意識があるのではなかろうか。彼なりに愛を手に入れられそうなところもあったり、悪政も善政もあったり、そんな中で彼の大統領としての人生が一つにまとまっちょるんだなと。

 物語としては、愛に飢えた独裁者のかなり長い大統領生活を綴ったもの。虐殺もレイプも好き放題やりまくる独裁者。文字が読めないほど学がない設定なので、政治色が強まりそうな大統領の物語にしては内容としても超平易。
 で、読んでいけば読んでいくほど、なんとなーくこの大統領に親近感が沸いてくる。そりゃあそうで、この大統領、大統領に留まっていられる原因は「勘が鋭い」だけで、あとやる事は愛されたくてやることばっかりなので。

 作者のガボさんは、コロンビアに生まれ、キューバにも住み、カストロさんとも仲良くしていたとか。
 彼にとって見える独裁者はこんなもんだったのかもしれない。
 自分なんかは、独裁者は、彼らは彼らなりの「正義」があるもんだと勝手に思い、「人間としては」擁護する気になったりもするけど。ちょっとイメージと違うなあというものを見させられて、若干のカルチャーショック。

 最後のほうで

結局、喜劇的な専制君主は、どちら側がこの生の裏であり、表であるのか、ついに知ることはなかったのだ。
P364

となる。
 ガボさんは独裁者を、独裁者としてというよりは、現実の「生」から目をそらした悲しい人間だと切り捨ててしまったんだなあと。身近で独裁を見た人の視野というものを味あわせてもらった気がする。
 ひっじょーに名作だとおもふ。また読もう。

 自分が思っているよりも、もっともっともっと世の中は単純かも知れんなー。

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