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『普通の愛』尾崎豊

 アガサちゃんの「アクロイド殺し」も面白かったし、
三浦をしんの「船を編む」も面白かったし、

田中ミエの「ダンナ様はFBI」も面白かったし、
なんやかんや面白い本を読んでいるのだけど、ブログは後回しに。
書かないと忘れるんだけどね。

 借りていたの尾崎豊の「普通の愛」を、あっ!と思い出して読んでいます。
 結局、この人の残したモノは、何もかも愛にあふれ、本気がこもっていて、天才としか思えない。尾崎豊の時代から、何も進化していないに見える昨今、ほんと申し訳ない気持ちにすらなる。
 こいつは、1991年の本。亡くなる1年前、I love youの年。どっかで聞いたようなせりふが山にようにあり、数々の尾崎節がどういう状況の下で生み出されてきたのか、見えてきて面白い。

 君のことだけを考えながら、明け方の高速道路を走っていた。

 始まりの一文。かっくいいね。かっくいい。言葉のリズムが美しく、スラスラ読める。

 「たたずむ瞬間」という小説が収録されている。
 これは、酒場で毎晩ピアノを弾いて小遣い稼ぎしている男の話。

 酔っぱらいは俺の教科書みたいなものさ。誰がそんなものを信じるかい。ただやつらは傷みを知っているのさ。二度と繰り返すまいと心に決めてきたものが、山ほどあるやつらさ。そしてやつらは覚えてきたそいつを忘れようと必死なのさ。

 酔っ払いやら、いちゃいちゃするゲイやら、娼婦やら、乞食やら、まー誰も聴いていない中で、酒と薬をやりながらピアノを弾く主人公。
 酔っ払いに「最低だな」と絡まれると

「あぁ、俺の歌は教会の賛美歌みたいに聞こえるはずないさ。俺はあんたの人生について歌うつもりはないんだよ。」

との返事。あんたの人生についてうたうわけじゃなく、自分の人生について歌っているんだろう。でも、あんたのために歌っていることは否定もしてない。若干のツンデレ感が。
 そんな誰もまともに聞いてはくれない酒場で、カウンターの婆さんだけは、接客をしながら聴いている。

 やっぱり、なんだかんだ支える一人がいて、とても輝いてしまうんだなーなんて。

尾崎豊ってどう思われているんだ?

 昨日のエントリーを書きながら、たまたま見つけた記事に
今の若者は尾崎豊に全く共感しないらしい/妹はVipper
 この記事が気になっている。

40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 10:26:36.88 ID:aJLTKZb30
今の若者が盗んだバイクで走りだしても「ゆとり死ね」って言われるだけですし

194:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 11:44:47.78 ID:5SLaBqiW0
>>40
まさにそうだな
お行儀よく大人しくしていても、ハジけても「まったく今の若者は」で済まされる

じゃあどうしろと

80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 10:38:57.69 ID:6t+kRLAN0
盗んだバイクで走りだすとかただの犯罪者だろ

243:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 13:12:02.75 ID:ce/iGjCP0
あんなのに共感ってただの暴れたい世代じゃん
手がすぐ出る奴らだな

245:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/23(日) 13:14:16.49 ID:Vw49TsYdO
今の若者は内にこもるから
暴力をしても何も変わらないって知ってるから

今の若者は尾崎豊に全く共感しないらしい/妹はVipper

 こういう文章読んで同世代の人間はどう思うのだろうか。自分もこのコメントを書いている人たちとは10歳も離れていないと思うわけで。いや同世代もいるだろう。

 詳しくないので恐る恐る書きますが、尾崎豊は学校に「髪を切れ!」と言われて、「なんか違うんじゃないか」と思った。って言葉があり、バイクを盗んだり、校舎の窓ガラスを割って歩く話になるようで。
 社会に適合していくってのは、校則に縛られたり、法律に縛られたり自分の自由が奪われていく過程を経験する事そのものであって、欲望のままに生きているところへの理性の強制ですよ。その自分を縛っていくものには明らかに「変なもの」や「筋が通らないもの」もある。誰だってその一つ一つと向き合いながら対処方法や時に反発をしていくと。
 そんな社会の規則、強制される理性、その対極にある行動の源である自分の「欲望」特にその象徴「愛」をそのまま詩におこし歌にして歌い上げているのが尾崎豊なのかなと今は整理していて。コレ自体は大して変なことをしているわけではなくて、普通に共感できるもんじゃないのかなと。

 前述の引用は「犯罪者=悪人」というニュアンスで言葉を使い、社会から見てどう思われるかを判断基準にしているように見える。そんな輩は東大に入って官僚になって法律を作る超エリートだけで十分でしょうに。
 国とは民であって、制度じゃないわけですよ。民が制度をつくらにゃならんのに、民は民でもこれから制度を作っていくべき若者が、問題意識を持つこと自体を鼻で笑い、制度に服従している姿と言うのは、異様だなと。

 合う合わないってのは、もちろんいいのですが、コメントが妙に気になったというか。
 こういった人間を社会から追放する空気を持った社会と言うのは、個人的には気持ち悪い。

 それとも、今は尾崎豊の時代よりも遥かに幸せな世の中になったってことなのか。
 それとも、制度が疲労してきていて、尾崎豊の時代よりも遥かに強い力で押し込まれているのか。

 と、議論できる土台となる歌詞を提供しているだけでも。やっぱりすげえと無難な感想を最後に付け加えるのでした。

尾崎豊特別展他

人間なんて愛に跪く Love Way

 松坂屋南館で行われている尾崎豊特別展へ行ってきました。
 その前には友人がやっておる大名古屋芸術祭というのに寄って、絵葉書買ったり、乾燥パプリカを手に入れたり。黒にんにくって買ってみたけどなんだこれ。プルーンの味がする。
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