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『行人』夏目漱石

 新海誠『言の葉の庭』にえらく感動しまして、作中で表紙がひょろっと出てくる漱石さんの「行人」も読んでみています。
 まだ読んでいる途中ですが。その中でちょろっと面白い表現があったのでメモ。

 物語の本筋は全く違うところを流れいきそうですが、その挿入の話として。
 ある娘さんが三沢という家の仲人で嫁いだのだが、精神病になって元の三沢家に引き取られることになる。引き取られた後、その娘さんは毎日三沢が出て行くときには「早く帰って来て頂戴ね」と、もしそこで黙っていると何度でも「早く帰って来て頂戴ね」と繰り返すのだと。
 その解釈をめぐって、概ね登場人物は可哀想な娘さんだねと言う感じなのですが、ちょっとページを隔てて、主人公の兄、一郎がこんなことを言い出す、

「ところでさ、もしその女が果たしてそういう種類の精神病患者だとすると、凡て世間並みの責任はその女の頭の中から消えてなくなってしまうに違いなかろう。消えてなくなれば、胸に浮かんだ事なら何でも構わず露骨に云えるだろう。そうすると、その女の三沢に云った言葉は、普通我々が口にする好い加減な挨拶よりも遙に誠の籠った純粋のものじゃなかろうか」(P105)

 ほほほう、精神病という題材使ってこんな捉え方をしてしまうのかと。まーそれだけ人間の本来の気持ちは「世間並みの責任」によって押しつぶされているんだと、上手いこと表現しよるなと、なるほど感心してしまったわけです。
 というか1913年くらいにこんなことを書いていたのかとも。約10年後にドグラマグラがでちゃうくらい、精神病に対する理解はまだかなり苛烈な時代だったんじゃないかとは思うけれども。この時代にしては精神病を肯定的に捉えているのですごいのかも?もちろん今こんなこと言うとむしろ問題発言でしょうが。ちなみに「カッコーの巣の上で」の原作小説は1962年なんですな。