人間には不幸か、貧乏か、勇気が必要だ。
でないと 人間はすぐに思いあがる。 = ツルゲーネフ

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2008年9月20日

『活動寫眞の女』浅田次郎

 『活動寫眞の女』というのを読みました。
 ほぼ日のどっかで紹介されていたはず・・・。

昭和四十四年、京都。大学の新入生で、大の日本映画ファンの「僕」は友人の清家忠昭の紹介で、古き良き映画の都・太秦の撮影所でアルバイトをすることになった。そんなある日、清家は撮影現場で絶世の美女と出会い、激しい恋に落ちる。しかし、彼女は三十年も前に死んだ大部屋女優だった―。若さゆえの不安や切なさ、不器用な恋。失われた時代への郷愁に満ちた瑞々しい青春恋愛小説の傑作。(小説の裏書き)

 どこまでがネタバレで許されるのか解らないので、引用してきた。話の中では、その「絶世の美女」の話を中心に過去と、現在を行ったり来たりする。

 相合い傘がタブーとされている時代に雨に隠れてひっそりと傘の中で寄り添ったり、方や昭和44年には若さのノリでラブホテルに行ってみたり。
 産声を上げたばかりの元気な映画の時代。テレビの出現により衰退ゆく映画の時代。そしてそのすべての時代をし続けた辻老人。

 かなり面白いと思います。興味持った人は以下の感想は読まずに書店へGO!!

 個人的な感想としては、ゆりかごから墓場までなんて言葉があるけど、これを関わり続けると言うことのすごさとか、寂しさとかそーいうのってどういう気分なのか。それをゆっくりと味わえた感じ。
 どんなものにも、生まれ出た元気というかパワーがあって、それも、最後にはパワーも出し切り、みじめに消え去っていく。
 映画の生まれ出た時に立ち会い、みじめに消え去る瞬間もまた映画と共に過ごした辻老人。どんな気分なんやろ。と。こればかりは、年食ったから解るわけでもなく、一生解らないかもしれない。
 この小説ではまさに「ゆりかご」の部分と「墓場」の部分がしっかりと書かれている。それは映画だけでなく繰り広げらっる恋愛についても同様。


 そして、登場する主人公達の年齢も大学1~2年で考えや悩みも近いところにあり、そーいう一つ一つに共感したり。
 あとは、自分の大事な友達が「この世に未練のある幽霊」とつき合っている。止めますか?ゆっくりと見守りますか?ってなところかな。浅田次郎は「まあそうやろなぁ」というような解を用意してくれてた。


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