でないと 人間はすぐに思いあがる。 = ツルゲーネフ
2008年11月16日
2008年11月15日
●光
えーらい久しぶりに宇多田ヒカルのライブDVDなんぞ見ておりました。
実際にこのライブを見た時には、彼女がこのでっかいでっかい会場や数万の人を羽として、バッサバッサ跳んでいるてふてふ(蝶々)のように見えたのを思い出します。
彼女はそのライブの一番最後に「光」と言う曲を歌います。
光というのは、自分を映し出すもので、その光がないと自分が存在しているかどうかさえ気づくことが出来ない。光ってのは伴侶だったり、音楽だったり、絵かもしれないし、喜怒哀楽といった感情かもしれないし、と言うか実際の電球もそうなのだろうし。
そんな光という存在を、小説のようにいろいろな表現の仕方で表した曲だと、そんな風に思います。
私は、数年前にそんな光の存在に自分でも気づいたようです。強力な光があたったんだろうと思います。それまでは、自分の存在など気にもしていなかったし、世間に言われる「素晴らしい人」になろうとしていただけでした。
それからはずいぶん変わったなあと思います。
とココまで書いた上で、
が今、その光というものに気づいたが為に、その強い光が今はなく苦しいなぁと思っています。今は完全な暗闇の中です。
という文章を書こうと思っていたのですが。自分で文章を書きながら、もっと些細な光を見いだしても良いのかもなぁ。とも思えてきました。
そして自分が光を渇望しているなら、まずは他人の光になる努力しなきゃいけないのかもしれないなぁー。
などと思い始めました。
またイツモのごとく意味不明ですね。すいませんm(__)m
全く反省していません(笑)
こーいうのを100字で書けばもう少しわかりやすくなるだろうにね。
(約650字)
そうそう。どうよこの左上でブラブラしてるの。かわいくない?
2008年11月14日
●電飾が 嫌がる季節の 背中押す
先日フランス経済の
講演会に参加しました
序盤は
フランス語→通訳
と言う流れで
楽しめたのですが
最後の質問では
フランス語が飛び交い
通訳も議論に参加し…
私の耳には
…ゲロ!
…ゲローニ?
空耳に笑っているばかりでした
(百字)
2008年11月 9日
●汗をカクってすばらしいー
今日は音楽学校の発表会
仮にも一年間通ったということで
脇汗を垂らしながら弾いてきましたよ
正直、人前で弾くとかはそんなに楽しめないんじゃないかと
考えてたのですが
思考なんて当てにならないね
意外と楽しんでた自分に何より驚いた
そして、自分が楽しめたのも良かったのだけれども
他の人の演奏に刺激されますなー
自分よりちょっと上手い人とかみると
自分の次の段階がちょっとイメージ出来るみたいな
でもって、上手い人の演奏を聞いて
いつかは一緒に奏でてやる!
みたいな
いやーよかった。
結果的に素人の演奏を3時間聞いていたわけだけど
こんなに楽しめるとは!
ドラムの人とかサックスの人とかもむちゃかっちょよくて
やっぱり
新しい分野に手を出すというのは
勇気もいるけどその分報酬はあるもんだなー
適当な文章で推敲もしないけど
酒入ってるし許してちょ
●日経平均の連続性(投資メモ)
自己満足記事です
なぜかというと、日経平均は、2000年の銘柄入れ替えの際に、株価全般の水準とはほぼ無関係に、当時の値で2千数百円、率にして12、3%は下ブレして、分析上の連続性を失っているからだ。
多少荒っぽい言い方だけど、2000年以前の日経平均の計算式(で使う変数)と、それ以後の計算式(で使う変数)は、全く違うモノをつかっている。と言うことかな。
ということは、2000年以前の日経平均とその後を単純に金額で比較しても、意味が薄くなってしまう。ってことか。
言われてみれば、どちらにしても銘柄は常に入れ替わっているわけで連続性はないか。
市場の雰囲気を示すモノとして、どんな数字を使うのかはちゃんと考えた方が良いな。
それにしても、2000年時点ではまだ投資はやっていなかった。こーいうのが純粋に経験不足。という奴だろうなぁと。経験不足を恐れちゃ、なにも出来ないだろうけど。少なくとも歴史に学ぶ事をおろそかにしちゃだめなんだなぁー
なんて。メモ。
2008年11月 8日
●ぶらぶら
ぶらぶら設置
2008年11月 4日
●秋時雨 濡らすは逸る 心のみ
私の自転車と
一寸離れた所に
綺麗な女性が到着
と同時に
自転車の将棋倒し
これは!
と施錠を急いだその時
颯爽とイケメン登場
真っ白な歯を輝かせ
奴は自転車を起こす
何も出来ぬ私
施錠など放棄して
助けに行くべきだった
無念
(百字)
2008年11月 1日
●『包帯クラブ』堤幸彦
ハンバート ハンバートというミュージシャンにはまっておるのですが、この方々が音楽を担当していると言うことで、借りてみました。
音楽をきっかけに映画を見るのは初めてかも。
エンディングは違ったのでちょっと残念だったりだけど、イイ曲だったのでOK。
映画自体は、その名の通り包帯を巻くクラブ『包帯クラブ』のお話。
多くの人が心の傷を負っているわけで、誰しも見るだけでその傷が痛む場所も付随して付いてくる。そんな場所に包帯を巻いてあげるだけで、少し心が癒される気がする。そんな気持ちからこのクラブがスタートする。
もう終始ほんわかします。石原さとみかわいいし。
頭痛がしてなきゃもっと気持ちよく見れたのに・・・
●my植物 葉っぱ減らして 冬支度?
休日の朝
夏目漱石の小説を読み
文学ちっくな気分に浸り
もっさりと考え事をしていると
ドン!
ぴん!
ぼん!
とドアを叩く音と共に
小さな下宿にチャイムが鳴り響く
借金取りでも来たかと思ったら
ヤマト運輸だった
鼓動が速い
((1000÷10)字)
2008年10月29日
●高橋尚子選手の引退会見を見て
ふと、高橋尚子選手の引退会見を見ました。
とても素敵な方ですね。
この会見を見て、今まで陸上や高橋尚子選手にさして注目して見ていたわけでもない私に何が解るんだ。ということではあるけれども、少しだけ感想を書いてみたいなぁと。
そもそも高橋さんが引退を決断したのは、プロとしての走りが出来ないと考えた、という事のようです。
高橋さんの中にプロ基準ができており、その基準を達成出来なくなってしまった。という事が大きかったようです。陸上における自分の肉体や精神を知り尽くしており、その変化を敏感に感じ取っての事なのでしょう。
さらっと書いてしまいましたがすごいっす。
そしてこの会見を見て、ビビビと感じたのは「かっこよさ」。
言葉一つがカッコイイ。と言うわけではないのですが、終始笑顔で陸上が大好きです。と言えるのは凄い事だなぁと。
話の中に「チームQ」というのが出てきたのですが、この支えてくれた人たちのことを「人生を変えて付いてきてくれた」と表現している節がありました。日本全体の声援もそうでしょうが、このプレッシャーも大きなモノだろうと。
こういった多くの期待で重くなった「Qちゃん」と言う看板を背負い、公になっていないような様々な苦労を背負いながらここまで走ってこられ、その上で本当に素晴らしい笑顔で会見をされている姿は格好いいなぁと。
それと同時に、周りに笑顔でいるということは、自分一人で泣かなきゃいけない言うことも同じであり、胸が苦しくなるような感情もわいてきます。
ついでに我慢出来ずに書くと、最後まで「幸せでした」と言っている高橋さんに対して、メディアは「辛かったことは何ですか?」「チームQのマイナス点はなんですか?」という無粋な質問ばかりであることに、多少気分が悪くもなりました。(ほんとはその愚痴だけで数千字愚痴を書きたいくらい。)
ちなみに実益的な事を書くと、「精神」ってのが大事なんだよななぁと。
怪しいコンサルの人が書いた本なんかには「ポジティブでいろ」みたいな適当な事が書いてありますが、スポーツ選手が言う「精神」というのは違う感じがします。
会見の中で高橋選手がプロの試合前の精神力の話もされていますが、引退の理由の一部として自分の「精神」をプロのレベルでコントロールできなくなってきた。みたいな事も言われています。
いろいろ集中力が必要な事を頑張っていた人には当たり前なんでしょう。自分の精神をコントロールするということ。
私は「精神のコントロール」なんて言われるとさっぱりです。少しは鍛えられるといいなぁ。今でやっていることで言えばピアノが一番近いのだろうか・・・
何はともあれ、今後もどのような形であれ素敵な笑顔をずっとしていられるような、幸せな人生を歩んでいただければいいなぁと、日本の中心で「Qちゃん」を叫んでみたのでした。
