●光
えーらい久しぶりに宇多田ヒカルのライブDVDなんぞ見ておりました。
実際にこのライブを見た時には、彼女がこのでっかいでっかい会場や数万の人を羽として、バッサバッサ跳んでいるてふてふ(蝶々)のように見えたのを思い出します。
彼女はそのライブの一番最後に「光」と言う曲を歌います。
光というのは、自分を映し出すもので、その光がないと自分が存在しているかどうかさえ気づくことが出来ない。光ってのは伴侶だったり、音楽だったり、絵かもしれないし、喜怒哀楽といった感情かもしれないし、と言うか実際の電球もそうなのだろうし。
そんな光という存在を、小説のようにいろいろな表現の仕方で表した曲だと、そんな風に思います。
私は、数年前にそんな光の存在に自分でも気づいたようです。強力な光があたったんだろうと思います。それまでは、自分の存在など気にもしていなかったし、世間に言われる「素晴らしい人」になろうとしていただけでした。
それからはずいぶん変わったなあと思います。
とココまで書いた上で、
が今、その光というものに気づいたが為に、その強い光が今はなく苦しいなぁと思っています。今は完全な暗闇の中です。
という文章を書こうと思っていたのですが。自分で文章を書きながら、もっと些細な光を見いだしても良いのかもなぁ。とも思えてきました。
そして自分が光を渇望しているなら、まずは他人の光になる努力しなきゃいけないのかもしれないなぁー。
などと思い始めました。
またイツモのごとく意味不明ですね。すいませんm(__)m
全く反省していません(笑)
こーいうのを100字で書けばもう少しわかりやすくなるだろうにね。
(約650字)
そうそう。どうよこの左上でブラブラしてるの。かわいくない?

