●『言語を生みだす本能』Steven Pinker
『言語を生みだす本能』という本を読みました。まずもって中古で出回る意味がわからないくらい面白い本でした。
少なくともこの本のタイトルを見て興味を持ったヒトが売りたくなるような本ではないと思うんだがなぁ・・・。
まずは目次、
言語を生みだす本能(上)
1.技能を獲得する本能
2.おしゃべり
3.思考の言語
4.言語の仕組み
5.言葉、言葉、言葉
6.サウンド・オブ・サイレンス
7.トーキングヘッズ
言語を生みだす本能(下)
8.バベルの塔
9.しゃべりながら生まれてきた赤ちゃん、天国を語る
10.言語期間と文法遺伝子
11.ビッグバン
12.言語指南役たち
13.心の構図
大ざっぱに言えば、全体として「言語は本能である」ということを言っている。
その合間に、言語に対する誤解を解消するような内容をちりばめている感じ。特に文法的な面が多くのっていて、言語の成り立ちみたいなものを考えるのにも大変たのしい。
この本は、言語の理解に関わる科学者(このブログの読者にもイルだろー)、文章を書く人たち、純粋に進化論とかに興味がある人等々いろんな人にお勧め出来そうな本であった。
評価とか最近はしてないけど、すれば満点をつける!これから自分の言語系の考えはかなりこの本に支配される事だろう・・・。
この本の内容はもっと理解したい。以下に記述した内容。あるいは、以下を読まずとも会った時にこの本に関わることをガシガシ聞いたりつっこんだりしてくれるとありがたき幸せ。
この本の主題はタイトルの通り『言語は「本能」である』と言うことだ。
ちょいと原文を写すと以下の感じ。
(前略)言語は文化的人工物ではなく、したがって、時計の見方や連邦政府の仕組みを習うようには習得できない。言語は人間の脳のなかに確固とした位置を占めている。言語を使うという特殊で複雑な技能は、正式に教えられなくても子どものなかで自然発生的に発達する。私たちは言語の根底にある論理を意識することなく言語を操る。誰の言語も質的には同等であり、言語能力は、情報を処理したり知的に行動するといった一般能力と一線を画している。これらの理由から、一部の認知科学者は言語を「心理的能力」、「精神器官」、「神経システム」、「演算モジュール」などと呼ぶ。しかし、私は時代がかった言葉ではあるが「本能」と呼びたい。本能と呼べば、クモが巣の作り方を知っているのと同じような意味で、人間も言語の使い方を知っている、という見方が伝わりやすい。クモの知られざる天才が巣の作り方を発明したわけではないし、正式な教育を受けたり、設計の才能があったり、建築業に向いているから巣が上手に作れるというものでもない。クモが巣を作るのは、クモの脳が巣を作れと促し、巣作りの能力を差づけるからである。巣と言葉では違いもあるが、とりあえず、言語とはそんなものだと思ってみてほしい、これから探索していくさまざまな現象を理解する役に立つからだ。{(上)P19-20}
言語は学校や親に教えられるようなものではなく、気づけばできるようになっているもの。つまり「本能」なのだと。
(続きはせっかくなので椎名林檎でも聞きながら書くことにする)
恥(不理解不勉強)をおそれずにもう少し書くと、世界の言語の文法は以下のたった2つのルールによってできている。{他にも単語名を以下に分類するかなんてルールもある}
XP→(SPEC)X YP*
「句は、自由選択の主語と、それに続くXバーとそれに続く任意の数の修飾詞で構成される」{P150}
X→{ZP*,X}
「Xバーは、いずれかを先にする、ヘッドXと、任意の数の役割担い手で構成される」{P151}
{例えば・・・と行きたいけど理解が怪しいので最後に回す。}
そして、ヒトはこの文法にそって言葉を理解し紡ぎ出す。
実際に文法が生みだされる現場を示した例がある。
さかのぼること、奴隷貿易、不幸にも多くの国から人が集められ農作業などさせられていた時代の話。
多くの国のヒトだと言葉が通じないので「ピジン」という簡単な言語を作っていたそうな。その言語は文法などあるはずもなく、作業主の使う単語とかを適当に羅列するような言語だったとか。
「みむらー めしー?」
「わしー ふろー!!!!」
みたいな。
これらをほっといても、まま文法ができたりすることがあるそうなのですが、
しかし、言語学者のデレク・ピッカートンによると、ピジンがあるとき一挙に複雑な言語に変身する例も多々あるという。変身の条件はただ一つ、子供の集団が、母語を獲得する臨海期に、良心の母語ではなくピジンに接することである。(中略)子どもたちは、断片的な単語の連なりを真似するだけでは満足せず、複雑な文法を織り込んで、表現力に富んだ全く新しい言語を作り上げる。子どもがピジンを母語にとした場合に出現する言語を「クレオール」という。
ガキどもはその親が文法無しの「ピジン」を聞いて育ったにもかかわらず、早々に
「みむらーてめぇーはメシを食うのか?あぁ」
「わしはふろがええっちゅうねん。ちなみに私は栗ご飯が好きだ」
と言う具合に文法が子供の世代から使えるようになったとか。(クレオール)
つまり、子どもたちは文法のルールを備え持っているの。{無理矢理結論づけちゃいましたが、本文を読めばもっと多くの根拠により、批判を丹念に論破し、説得ある文章を書いています。例えば大人にないのか?と言うことは、小さい頃に文法等は身につければ良い能力である。というような視点で論破しています。}
その他にも「言語」についていろいろな事が書かれています。
その中でも「ガツーン」とやられたのは、言語で思考しているわけではない。と言うこと。
今の今まで私は、言語で思考していると思っていた。だから犬は考えられないと思っていたし、過去や未来を考えることはできないと思っていた。しかしこれは大きな間違いなようだ。
例えば、手話も口話も読み書きもできず、いかなる形態の言語も持たない成人の例としてイルデフォンソ」と言うヒトが取り上げられている。
そのイルデフォンソさんに手話を教えたヒト(シャーラさん)がいるらしい。その人に物に名前があることを教え、その単語を教えようとすると、それを皮切りに身の回りの単語を知ろうとしたという。そして彼はなんと
(前略)まもなく、自分の生い立ちを一部ながらシャーラ伝えられるようになった。小さい頃、学校にやってくれと親にせがんだが、とても貧乏でそれだけの余裕がなかったこと。あちこちで、さまざまな農作物の収穫の手伝いをしたこと。どんなふうに入国管理局の目をかすめたか。インデフォンソはシャーラを、社会の片隅に埋もれている言語を持たない大人たちに引き合わせた。彼らは言語の世界から隔絶しているにもかかわらず、さまざまない物事を考えていた。壊れた鍵をなおしたり、現金をやり取りしたり、トランプで遊んだり、パントマイムで長々とお互いを楽しませ会ったりもする。{P92}
言語がないと思考出来ない。なんていうあほらしい事を考えているのは私くらいかもしれないが、それが私はここで解ったのでした。
この本の中では、かなりのページが「文法の成り立ち」について書いてあります。まぁー英語がメインなのでアレルギーがあるときついかもしれませんが、訳者の努力により簡単な英語の文法が解れば良い程度になっています。
この文章は汚いこと極まりありませんが、この本は本当に良くできている。ぜひご一読あれ。

コメント
いつぞや喋った話と似てるなぁ。
Posted by: ひふみ | 2008年8月17日 23:17
言語で思考するなんて話もしてしまった記憶があるなぁ・・・。申し訳ない。
Posted by: やいだ(みむら) | 2008年8月18日 22:02