人間には不幸か、貧乏か、勇気が必要だ。
でないと 人間はすぐに思いあがる。 = ツルゲーネフ

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2008年5月15日

相手のための格好

相も変わらず服装にまったく無頓着な私。

ほぼ日でめちゃめちゃ面白い1ページがあった
金魚鉢は景色がゆがむ
動物病院の野村潤一郎先生という人だそうです。


「ここまでパリッとした白衣や
 大がかりな設備が必要なのかな」
って思われるかもしれない。
でも、要るんです。
僕は、医者だから。
患者にとって
貧乏な医者に診てもらうほど
惨めなことはないからです。

(略)

「清貧」って言うけれど、
清く正しかったら
貧しくなるわけがないんです。
「清く正しくても貧である」場合には、
何か問題があるんです。
下手だったり、怠け者だったり
どこかの部分で手を抜こうとしている場合が
多いんじゃないでしょうか。
まじめに仕事をしていれば、
絶対に利益は出るんですよ。

 まずは、後半の文書について。
 「動物を相手にしている人」の言葉だなぁと思う。どうもそんなに人間は強くないらしいから・・・。
 利益が出るとか言う部分に関しても極めて賛成だけど、世の中に対して声高に叫べるかと言えば、それは無理だな。下手じゃなく怠け者じゃなく何においても手を抜こうとしない人にいまのところ会ったことがない。
 そしてその度合いは、その人の個性そのものなわけで。すべて完璧なら人じゃなくてロボットでいいじゃん。と思う。
 だから、世の中には「利益」を出せない人はいる。そして、それは悪いことではない。と思う。むしろ、そこが重要なのじゃないかと・・・。(本題じゃないのに語りすぎなのでここまで。)


 で、この文章を読んで考えたのだが。きっちりした身なりが相手のためであることという自覚が足りない、もしくは無かったのではないかと。
 基本的に、中身が伴わないのに外見だけ良くしてどうする(中身以下の外見であるべき)。というのが持論だったけど。どうも自分よがりな考え方であったらしい。服装は自分の中身に合わせるんじゃなくて、相手に合わせるもの。(でもある。かな)
 ってことだな。

 そう考えると「貧乏な医者に診てもらうほど惨めなことはないからです。」っていうのは、すこし変で、貧乏な患者がいるなら、それに合わせた服装も必要になる気がする・・・。が、そこは動物病院だから、金持ち相手じゃないと意味がないか。
(ちなみに、この人とプライベートでご一緒したくない。)


 外に出て誰かに会えば、一緒に歩いたりするわけだし。せめて人と外出する時くらいは意識してみるか。。。
 ちゃんと冷静に手帳と家計簿眺めてみれば、服買う時間と金くらいはあるだろう。

 そして私の服装がいきなり替わるかと言えば、かなり怪しい今日この頃・・・。納得はしたので少しずつ努力します・・・。多分。。。
 って実はどこかで、似たような宣言した気がする・・・。金と時間がを裂かなかったために断念したような・・・。服に使う予算月3000円増額・・・・。うっきつい。クリーニング代・・・。あぁ。(貧)

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コメント

うーん。
わたしは、自分のためだなあ。
自分がぱりっといたいときはぱりっとした服、
リラックスしたいときはリラックスした服。

自分の気持ちの切り替えがへたなわたしは
服を利用しちゃうよ☆

わたしはみむらくんの服装はもはや
みむらくんらしさの一部になっている気がするけれどねえ。
ぱりぱりした服着たみむらくんってどんなんなんやろか?!

自分のためだと、まったく今のままで変化無いな・・・
服でそこまで気持ち変わらないしなー

> ぱりぱりした服着たみむらくんってどんなんなんやろか?!

 ふむぅーーー。
 これは世の中を「あっ」と言わせる必要があるな
(なんか違う方向にいきそうw)

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