人間には不幸か、貧乏か、勇気が必要だ。
でないと 人間はすぐに思いあがる。 = ツルゲーネフ

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2007年5月21日

親はなぜ子供を育てるのか?

カウンセリングルーム:Es Discovery-『自分(親)の為の子作り』と『子どもの為の子作り』:少産少死の現代社会における親子関係と社会道徳

を読んでの「へー」。

●へー.1
アルコールや薬物(麻薬)、ギャンブルへの嗜癖がある家庭では、(中略)子どもは『支配‐服従の二元論的な人間関係のパターン』を間違って学習しやすくなります。


●へー.2
家庭内部での配偶者への暴力行為や子どもへの虐待行為を許されざる犯罪とする認知は、現代的な民主主義国家が成熟してから後に一般化してきたものです。(中略)人類はその歴史の長きにわたって子供を『大人の将来利益や親の老後保障のための存在』と位置づけ身体への虐待や精神への侮辱、労働力の搾取などが日常的に行われてきました。

東アジア地域の道徳規範の原典であった儒教教典では、『長幼の序』と『孝悌の徳』を繰り返し説いて、若者(目下)は老人(目上)の安楽のために存在し子どもは親への孝行(奉仕)のために存在するという倫理が疑う余地のない道徳の基本として信じられていました。

 うむ。「子供は親のために」と言う考え方は、ずーっとあった考え方だったんだな。家庭内暴力が犯罪と認知されるのが最近だというのはちょっとしたびっくりかな。


●へー.3
子どもを作って増やすことがそのまま親の将来利益や老後保障に結びつく伝統社会では、特別な少子化対策をしなくても子どもを持つインセンティブ(誘因)が非常に大きいので、自然に男女は子どもを増やす行動(戦略)を無意識的に採用します。
子どもの数が少なく育児のコストが大きな現代社会では、経済的インセンティブによって子どもを作る人が極めて少なくなります。

 現代社会になってくると、むしろ子供が負担となるので、生まないので少子化に向かっていく。
 極端に言えば、子供の負担が少なく、子供を支配出来る社会に戻せば、少子化傾向は収まる可能性があるわけだ。


●へー.4
優しい親が子に注ぐ無償の愛情は『返さなくても良い恩義』として受け取られることが多いので、社会経済的な基本ルールである『行為の相互性(自分が与えなければ、他者から与えられない)』が学習できない恐れがあり、子どもが社会的な役割意識(職業意識)を自己認知する社会的アイデンティティが拡散しやすくなったとも言えます。

 私も「愚痴のゴミ箱じゃない」と言われるくらい、人にTAKEを求めまくっていたので、反省反省。

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