●文章を書くこと
走り書き。論点が次々に変わっていく、相変わらず読みづらい文章です。
自分で読み返して、考え浅いやつだなーと思う。。。進化しろよ俺!
こんな話をちょっと聞いた(意訳)
日本の話で、昔『文字』が難しかった頃は、小説のようなモノがなかった。でも、簡単な文字(ひらがな?万葉がなとかいうやつ?)ができてからは、思ったことをつらつら書けるもんで、小説のようなものが発達した。
そして現代、コンピュータはそれに拍車をかけている。
そーいえば、中国発の有名な小説とか知らないなー。文字が弊害であまり発達してないんだろうか。
まぁデータが無いことを適当に喋るのはやめとこうか。
でもってついでにふっと思ったのが、みんな文章を書くようになった、ってのは良いことなんだろうか?
その会話の中で「小説を読むことの意義」みたいな話もちょっとだけ出てきた。精神衛生に良いのかさえ怪しいぞ、文学って。。。
持論的には、小説を読むことは「イメージ力をふくらませるのによい」と思う。
でも、文章を読んだり、書いたりしてイメージばかりふくらませて、実際に触れなくなることは結構危険だなぁとか。バランスは必要だと思うし、多少イメージに偏りすぎて現実を生きにくくなっている人もちらちら見える気がする。
よく誰かの顔を思い浮かべながら、ブログの記事を書いたりするけど。その記事を書き終えた時点で、その人の勝手なイメージによる人格が、自分の中にできちゃうわけで。自分でもこわいなーと思ったりする。
最後に、哲学の世界では「人間とは、生きるために必要のないことをやっちゃう生き物だ(うろ覚え)」みたいな事を言っていた。
小説や、絵画、音楽いろんな『文化』と言われる物があるけど、なんなんだろうかこれらって。確かに人間だけが、こーいう「生きるのに無駄そうな事」をやっている気がする。
少なくとも、犬が人間を見てしっぽを振ることよりも遙かに無駄な事だろうと。その無駄な事にかなりの時間を費やしている・・・。
人間が『文化』っぽいことを好む理由。気になるんだよなー。
個人的には、『やっぱり文化を持つことは、種が保存されるために有利なことなんだ』という合理的な説明にいきついてみたいなぁ。
まっ、言うまでもなく私はせっかく人間に生まれたのだから、無駄な事を存分に楽しんで死んでいこうと思うわけだが。
おやすみ。
