年を取ると時間の流れを速く感じる。
というのは、代謝の問題であり老化現象だ。
というのは聞いたことがあった。
ところで
一日24時間という刻み方はここ150年くらいの話らしい。
本来は人によって、朝や夜や、やってることによっても
時の流れ方は違う。
それを24時間60分60秒という時間で区切っているのは
そうとう不自然なことかもしれないねぇ
大きさの違うみかんを、ぎゅうぎゅうに並べようとしている
そんなイメージを受ける。
ところで
日本人は時間にきっちりしているようだけど、
今は携帯電話のおかげで少しルーズに為ってきている。
例えば「大体10時頃栄ね」で集まれるわけだ。
だから何だって話だが。
たまには自分の「時間」を眺めてみなきゃいかんね
試験の結果発表まであと少しである。
あぁ。
>年を取ると時間の流れを速く感じる。
>というのは、代謝の問題であり
代謝の問題ってどういうことなん?(’’)
私は1日24時間で必要十分な気がします。
24という数字はいさぎよい数字なんだそうですよ
(by 博士の愛した数式 あ~もう1回観たい)。
1でも2でも3でも4でも割れるんだよ、すごいよね!
(60はもっとすごい。)
24も美しいよねー
大好きな数字である
13とかも逆に好きだけどね
代謝というのは、呼吸みたいなもので
(wikiとか見ながら書いてる)
新陳代謝のイメージとして理解している。
(正しいかどうか正直自信ない。)
その細胞自体の呼吸が
老化によって遅くなってくる。
いつもと同じ作業をしても、したつもりでも、
経過した時間は長くかかっている。
10分でやったつもりが15分かかる。
10分しかたっていないと思っているのに15分たっている。
そーいうことだと思ってます。
> 必要十分
なんというか、経済的に合理的なものではあるのだけれど
経済的に合理的なモノが、人間の生理的に合理的じゃない
経済的に合理的なモノが優先されすぎる余り
人間がボロボロになってきてるんじゃないかと思うのです。
とはまあ言っても、代案無い間は
なんの意味もないのだが。
>いつもと同じ作業をしても、したつもりでも、
>経過した時間は長くかかっている。
あ、そうか。
そう考えたのははじめてだ。
今までは、大人になると感動が薄れて
毎日がタンパクになるから時間がはやいんだ
と思っていたけど、
動きが鈍くなったという説?
あたらしい。。