Daily Archives: 2011 年 4 月 7 日

めいしんこーそく

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 久しぶりにGYAO!なんぞ見ておりました。そう言えばYahoo資本になっていたんだっけ。GYAO!の時代がくると思っていた時もあったなあ。今や動画コンテンツはニコニコ動画やYouTube。ネットは結局積極的に情報を取りに行くところなので、より専門性の高いコアな情報じゃないと受け入れられなかったということだろうか。
 見たのは名神高速の建設プロジェクト。地形や天候を克服しつつ如何に作っていくか。やっぱり職人ってのはカッコイイ。どんなでかい建造物でも自分と同じような人間が作っている事が実感できるからプロジェクトXはいいよね。

 ところで何となく面白いなあと思ったのが、高速道路が日本の自動車産業にとって非常に大きな要だったらしいこと。

(名神)
1958年3月19日 : 松永安左エ門の私設シンクタンク産業計画会議が「東京-神戸間高速道路」の建設を政府に勧告。
1963年7月16日 : 日本初の高速国道の開通区間となる栗東IC-尼崎IC開通。
1964年4月12日 : 関ヶ原IC-栗東IC開通。9月6日 : 一宮IC-関ヶ原IC、尼崎IC-西宮IC開通。
1965年7月1日 : 小牧IC-一宮IC開通により、全線開通。
(東名)
1968年4月25日 : 東京IC-厚木IC、富士IC-静岡IC、岡崎IC-小牧ICが開通し、小牧ICで名神と接続。
1969年2月1日 : 静岡IC-岡崎IC開通。
1969年3月31日 : 厚木IC-大井松田IC、御殿場IC-富士IC開通。
1969年5月26日 : 大井松田IC-御殿場IC開通により、全線開通。
Wikipediaより

以下はトヨタ自動車の自動車生産台数。

台数
1962 230,350
1963 318,495
1964 425,764
1965 477,643
1966 587,539
1967 832,130
1968 1,097,405
1969 1,471,211
1970 1,609,190
1971 1,955,033
1972 2,087,133
1973 2,308,098

戦後日本の自動車産業と臨時工/伊達浩 より勝手に引用

 高速道路ができたことで、国内需要が増大したってのは私の勝手な妄想。
 またスピードの出せる車の開発等につながったと言う面があるようで、当然輸出するに当たっては、スピードがより重要にもなるわけで。これはプロジェクトXのナレーション。

地方自治体は、トヨタの工場立地戦略に合わせて計画道路整備してきたといわれる。69年には東名高速道路が開通したが、トヨタ元町工場の至近距離に豊田インターチェンジが作られ、これによってトヨタはさらにいっそう有利な広域交通条件が与えられた。
97年度 望月宏ゼミナール 2年次進級論文 E08-0275H 鎌田 大介
より勝手に引用

 ちなみに1964年10月10日~24日には東京オリンピック開催。
 高速道路もオリンピックに間に合わせようとして作られた物なのかな?1964年10月1日には東海道新幹線も開業。なんかあっちもこっちもお祭り騒ぎだったに違いない。

 なお、番組内で在庫率を下げる事が高速道路建設の一つの目的だったとあるけれど、

1965年度の日本経済をみると、64年度半ばから進行していた不況は65年に入ってから製品在庫率が上昇し、企業倒産は増大し、卸売り物価や株価は下落した。
戦後日本経済の歩み/士志田征一

とあり、その役に立ったのかは不明だなあと。

 なんとなくあわただしい時代の空気を感じてみたのでした。1960年代の小説とかあったかなあ。安保闘争とかが直前くらいなのかな。やっぱりあわただしい。