宇多田ヒカルの「アーティスト活動」休止について

ヒッキーのファンじゃない人も、メディアでしか活動休止を知らない人は、是非原文を読んでみてください。「ほへー」くらいは思うんじゃないかなあ。

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2010年8月9日
久しぶりの大事なお知らせ @ Message from Utada Hikaru / Utada

 しばらくヒッキーは「人間活動」に専念するため「アーティスト活動」を休止するそうです。
 恐らく、表現者として人前に現れることは当分無くなるんだろうと思います。(年内は出るらしい)

 なんつーか、妙に寂しい気がしていました。でもヒッキーのその行動自体も私にとっては表現であり、彼女の行動をそのまま受け止めたいなあと思うのでした。
 要約は以上です(笑)以下、あまり人に見せて面白い文章ではないですが、結構大きな気持ちの動きがあったので記しておこうかなと思います。
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税理士試験試験後雑感~Papa Don’t Preach編~

平成22年8月3~4日第60回税理士試験終わりました。

Papa Don’t Preach / Madonna

採点者が私に対して怒るのも分かる
別問題の存在に試験終了1分前に気づくようなクソアマだからな。
でもそろそろ気づいて欲しい。もう4年も受験しているんだ

採点者は今までいろいろな事を教えてくれた
ここで貴方の助けが必要なんだ!強く心を持って!さあ間違えて○を付けるんだ!
そうその、消費税の問1(2)のダダッ広い答案に情けない数文字が書いてあるその答案だよ!
確かに私の答案はぬるいかもしれない。
自分が何を言っているかも分かっている

ああ採点者よもう落とさないで。混乱しているんだ
ああ採点者よもう落とさないで。眠れない日々はもう沢山だ
でも、心は決めた。落とされても来年も受ける。来年も受けます

税理士試験は諦めなければ受かる
私はいつかは小さな税理士事務所を開いて…
多分私は大丈夫だ。税理士になってもちゃんと努力するし。
この受験期間は犠牲として差し出すよ

世間は諦めるように言ってくる
「あんたは未だ若い。しっかり遊ぶべきだ」
でも今の自分に必要なのはちょっとした励ましなんだ

来年税理士試験を受けるよ
どうかみなさん私の事を愛し続けてください
私は今年もし落ちたとしても来年も税理士試験を受けます

———-
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小説『氷点』三浦綾子

高校生の頃に読んだ三浦綾子の「氷点」のなかに、「包帯を巻いてあげられないのなら、その人の傷に触れてはいけない」というとても印象的な台詞がありましたが、鳩山氏はそれを平気でやっている。

 という、石破茂氏(自民、元防衛大臣)の発言を元に、ちょっとした議論をしていた。
前後関係が分かる原文はこちら⇒石破茂オフィシャルブログ「自民党の責任」
 で、どうしても真意がつかめないので、「氷点」を読んでみることにした。
 内容はざくっと以下のとおり


 えらいものを手にとってしまった。

 辻口病院院長啓造の目線を中心として書かれた作品。
 啓造の妻夏枝が病院の医師村井から口説かれている間に、娘のルリ子が佐石という男に殺される。佐石は牢獄で自殺し、啓造は娘が殺されている最中に妻と村井と会っていたことに憎悪を抱き、やがて娘が殺されたことを一緒くたにして、怒りをぶつける相手を夏枝としてしまう。
 それから49日が経とうかという時、その犯人佐石の娘が、知人の病院にいると言うことを知る。同じ頃、避妊手術を受けていた妻が「娘が欲しい、どこかで可愛い女の子を引き取ってきてくれないか」と提案をする。そこで、啓造は、妻にはだまって犯人の子を育てさせ、後で暴露して妻を徹底的に苦しめてやろう、と考え犯人の子を引き取る。
 妻は女の子を引取り、母性愛全開で娘を育て始める。啓造は、男にはわかり得ない妻の母性愛に恐怖心を抱き、かつ、犯人の子という事実に思い悩みながら、物語は進んでいく。

 ここまで読んだ。この小説はすごいわ。こんだけ読んだだけでもしんどいと思うけど、中身は一人一人の描写なんかも、犯人佐石の経歴とかいいね、しっかりしていてかなり面白い。
 やっぱり人は醜い部分こそが美しいし、人間らしいところだ。そこに目をつぶっちゃー面白くないな。
 結構読みやすいので、6~8時間くらいあれば上下巻読めるんじゃないかな。時間を取って読むと、非常に色んな事を考えさせられて良い。
 ってかこれを高校生の時に読んだ石破さんってのは、やっぱりすごい政治家だわ。この考えを持ちながら防衛大臣をできるってのは脅威のバランス感覚だ。

タレント議員擁立についての考察

 タレント議員擁立について、ラジオなんかでも「選挙民はそんなタレント候補に投票するほどアホでないことを示しましょう!」などと聞く。
 つまり、「しっかり候補者の政策や経歴や考えをチェックして投票しよう」ということだと思う。

 でも、今までそれができていないのはなぜか。多くの人もメディアも重大な問題を見落としている。
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映画「魔女の宅急便」

 今更ながら魔女の宅急便見ましたよ。
 こんな最初から最後までまじめに見るのは初めて。大体親からの「風呂に入れ」とか「宿題やれ」とかの声で中断するのがいつもであります。
 こうして、魔女の宅急便を好きな時に見れるのも、GEOの100円セールのおかげ。本当に感謝。ジブリ映画も色々借りて見てみよう。
 今更ながら、一応ネタバレ有りと書いておきます。まあみんな見てるからいいよね。

映画の感想

 今更ながら、いろんな観点で作られていることを感じ、そしてただ純粋に物語の参加者の一人として感動した。
 飛行船から落ちそうになっているとんぼを助けるシーン。映画としてはありきたりなシーンではないですか。しかし、完全にキキに感情移入してしまっているこっちとしては、そりゃあもう涙なしでは!見られないですな。
 少し年取ったかな?

 キキのサポート役として、ジジの程よい存在感。あーいう親友いいよなぁ。でもその親友も、お互いが結婚したりしていくなかで、接する時間は短くなったり。切ない、切ないけれどお互いが少しずつ進んでいくなかで必要な過程。
 いい年をしたおっさんとしては、パン屋のおかみさんから、とんぼに宛てた手紙の内容なんかは気になるところ。きっと優しい心遣いに溢れているんだろう。にくいよねぇ。

 最近自分なりに面白いと思うものは「どんな脇役でも一人一人をちゃんと描いている」。これがポイントに為ってきている。
 この「魔女の宅急便」ではまさに、ジジ、警官からお父さんからタダデッキブラシを貸しただけのおっさん、ちょい役の犬まで、みんなきちんと人物像が描かれている。絵描きの血。魔女の血。パン屋の血。それをもてあましながらも生きていく人たち。
 ちなみにかなり心惹かれたのは、ニシンパイを焼いてくれたおばあちゃんの、お手伝いさんのおばちゃん。

 全ての人が自分のように生きている。みんな迷い、みんな苦しんでいる。それを意識するだけでも生きていくのは随分楽になる。
 丁寧に全ての人物を描いている映画は、メッセージこそわかりにくくなったりするけど、世の中単純じゃないことを感じ、そして優しい気持ちになれる。よしもとばななの小説もそうだな。今読んでいる井伏鱒二もそんな感じ。
 疲れたら、少しいい小説や映画を見ましょう。

 ほんとイイ映画なので、中古品買おうかなと思っても、結構高いのね(汗)

谷亮子参議院出馬、ええ事やないか

 谷亮子参議院出馬。Twitterでもmixiでも、大いに批判されている。

 例えば、中田英寿が出馬するとしても同じように批判するだろうか?

 その批判の多くは「谷亮子参議院出馬」このたった8文字を見ての批判ではないだろうか?
 その背景にある「スポーツ選手」「現役」「女性」「政治の知識がない」そんな先入観を大いに持ちこんでいないだろうか?批判の多くはどうも「個人攻撃」にしか見えない。

 殆ど私たちはスポーツ選手としての彼女、しかもオリンピックに出る時のほんの数十分しか知らないはず。
 彼女がどういう経歴を持っているのか。どういう考えをもっているのか。どういう能力があるのか。そう言ったことをじっくり聞いた後で批判しても全然遅くないのではないだろうか。
 少なくとも、ネット上でグダグダ文句だけ言ってる輩よりは、人前でしっかり自分の主張を述べることはできるだろう。記者会見とかしてきてるんだから。

 あと、もう一点。
 彼女は知名度によって票を取れるのだと思う。そして彼女は党に一つの議席をもたらすかもしれない。
 知名度で票が取れるというのは、少しでも知っている人に投票したい。と言うことだ。それっておかしいか?
 そして、選挙というのは党の争いだし、そこで勝つべく戦略を練るのは当然。選挙に清廉潔白な議論を要求するだけならそれは理想論だろう。ってか、その要求する人たちがしっかり出馬した人を一人一人を見ているのか聞いてみたい(苦笑)
 知名度で通るのがイヤなら、「もっと論戦の機会を増やせ」「選挙期間長くしろ」とかそう言うまともな批判はできないものか。
 どうせみんな経歴とか数分の演説で判断して投票するんでしょ?

 もしかしたら、谷亮子さんは、めちゃめちゃ勉強されている人で人望も高い人かもしれない。何も知らないウチから批判すると、大きな可能性を潰す可能性だってあるはずだ。
 批判には慎重になるべきではないだろうか。

映画「グラン・トリノ」

感想もなにも、このエントリー開いた人はみんな「グラン・トリノ」見なさい!
これ必須!

書籍『インパラの朝』中村安希

 ユーラシア大陸からアフリカ大陸まで2年で旅行した女性の話。

安希のレポート←本人さんのブログらしい。
この惑星-中村安希さんインタビュー←こんなんもあった

 米国のしかも大都会シカゴに数日滞在しただけの自分には想像もできないような世界を、この本により体験中。
 ちなみに著者は及川光博似の女性。寧ろ本人でも驚かない。かっこよい。本の中で「殴られた」とかいう描写が出てくると、思わず表紙を凝視してしまう。かっくよすぎです。
 本の中では、旅で出会う一人一人の顔が目に浮かぶ。ホモのおっちゃんや貧乏な人金持ちの欧米人。全体的に、テーマを捉えて読むよりは、一つの事実、というか自分で旅をしている気分で読む本だと思う。書き方もそうなっている。この記事を公開はするけど、以下読まずに、この本を読んで欲しいな。貸して欲しい人は言って頂戴。よろこんで。
 以下ここまで読んで心打たれた場面を。

ザンビア

 彼女がザンビアに入国し、写真を撮っていると「アフリカの貧しい姿を写した写真を撮って、帰って雑誌にでも載せるんだろう?」みたいないちゃモンを通行人につけられる。その人に対して彼女はこんな反論をする

「貧しい?あなたは身なりもちゃんとしていて、ご飯も普通に食べていて、それでもあなたは貧しいの?私はそうは思わない。私が知っている貧しい人は、ここではなくて道ばたにいる。今にも死にそうな人たちが、世界各地の道ばたで物乞いをして生きている。もしも私が貧しい人や寄付金を探しているのなら、クリスやあなたに会う前に、もっと別のインドやラオスや東京の公園へ直行するわ。住む家もご飯も家族もいない文字通り貧しい人たちを高架下に訪ねていって、日本で写真を撮らせてもらう。本当に貧しい人たちを」

 まずもって、日本人女性にこれだけ言われた通行人はちょっと可哀想だ(笑)
 彼女はここに来るまで、イラン、インド、パキスタン、イスラエル、ウガンダいろんな所を通ってきている。その彼女の中の貧困リストに、東京が堂々と上位に位置している。この事は結構衝撃だった。彼女曰く貧困は都市にあるそうだ。地域に行けばとりあえずはみんなご飯は食べていける。
 「多少の不便や空腹や病気の脅威があったとしても、子ども達はウガンダで『とても楽しげ』な一面を持ち、どうにか元気に生きてきた(P159)」。ウガンダの貧しい子どもがこういう状況の中、日本のホームレスはコンビニのゴミ箱を漁っている。
 どっちがどうといえるわけでは無いとしても、少なくとも日本人がテレビで貧しい外国人を見て「貧しくて可哀想だ」なんて言っている足元で、それと同等に酷い貧困がこの国にもある。

イラン

 イランで民間の人に手厚い施しを受け、「どこに凶悪なイランはあるのか?」という話をしていたときの会話

「もちろん、イラン国内にも宗教的な過激派や保守的な人もいるけれど、僕たち一般の大多数は、あまり宗教の束縛のない自由な社会を望んでいる。僕らの最大の関心事は、宗教より経済だ。普通の人が心配するのは、自分の学歴や仕事のことや、安定した生活を手に入れて、どうやって維持していくかということ(P106)」

 どうだろう。全然日本人と同じような事を言っているように見える。
 こーいった気持ちはニュースでは知り得ない。実際に体験するか、ながーい文章の中でそろっと入っているもんだ。ちなみに文章を読んでいるとアフリカ人は日本人とは思想が結構違う気がする(笑)

余談

フランスで働いたというブルキナファソ(西アフリカの国)の人曰く

「ヨーロッパでの生活は、とても苦しく貧しかったよ。フランスで生きていくためにはね、働かなくてはいけないんだと。毎日何時間も働いたって、生活費や家賃を支払うと、後には何も残らないんだ。友人や家族とリラックスして楽しむ時間も少なかった。だからね、僕にはこっちの生活がいい。ここではみんながのんびりしている。例えば仕事をしなくても、食事は毎日食べられるし、太陽の下でビールを飲んで、ゆったりと暮らしていけるんだ」

 といって、地元西アフリカへ戻ってきたそうだ。
 つい先日「シッコ」というマイケルムーアの映画で「フランスは労働時間も短くプライベートを大事にできる国だ!」みたいなすり込みを受けた直後である。悩ましい。「西アフリカ<フランス<日本」だとしたら、日本ってどんだけ。
 別に日本人が西アフリカの思想を取り入れる必要もないと思うけど、少なくとも先進国の人間が現地に行って「可哀想だ」と思うのは見当違いな事が相当にあるんだろうと思わせられる。
 あと、ついでに言えばベーシックインカムみたいなものがブルキナファソでは既に完成しているともいえるのではないか。

さてさて

 文章はあと50ページ。どんなことが書いてあるのだろうか。
 ちなみに全体的に男性としては女性に申し訳ない気分になるような内容でした。女性はすげーぞ。世界どこに行っても男が夢や名誉を求めふらついている横で女性が家事子育てをまじめにコツコツやっているのだ。頑張れ男。

映画『愛を読むひと』監督:スティーヴン・ダルドリー

監督 スティーブン・ダルドリー
製作 アンソニー・ミンゲラ他
脚本 デヴィッド・ヘアー
出演者:ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ他
原作:『朗読者』ベルンハルト・シュリンク

地中海ブログ
 というところの影響を受けて、色々考えるとっかかりができたので、ついでに考えてみる。
 もしよければ、「愛を読むひと」借りてから以下読んでみて貰えると共感できるかも?

 見ていて終始感じていたテーマは「悪の線引き」だと感じていた。

 まず前半で若い童貞君とそこそこの女性とが関係する。
 その童貞君がじっくりと映画の時間を使いながらどんどん女性にはまっていく。見ているこっちもその女性にドンドン惹きつけられていく。サイクリング言ったりなんだかんだしている内に急に場面が変わる。
 その法学科の元童貞君は、裁判所に出向くゼミ中に。その女性を裁判所でしかもホロコーストの被告として目の当たりにすることになる。

 彼女は生活のためにナチで働き、次から次へ来るユダヤ人を死地へと追いやる仕事をしていた。
 そのことについて裁判官は「貴方は知っていましたよね!?」みたいなことを聞く、彼女は
「次から次へと囚人は送られてくるのです。あなたならどうしますか?」
と聞く。
 このシーンが自分の中では最大のシーン。
 この女性はよぼよぼになり、自分勝手なことを言いだし、少しずつ見ているこっちの共感を失っていく。
 このシーン以後、感情は右へ左へゆさぶられ、後味の悪い映画になっていると思う。そしてそれがこの映画の伝えたいことだろうなぁと思うのであります。

 以前友達と話をしていて「戦争中に物奪うのはしょうがないやん?」と言ったところ「いや物を奪うのはいかんよ」と言われたことがある。
 これにはおったまげた。切腹文化のある日本は多少違うかもしれないけど、それでも個において正義より生が優先されるのは当然でしょう。そしてその過程で起こった罪ももちろん裁かれなければいけないが、それだけでいいのか。
 常に自分で問うていてもいいんじゃないかなあと思うのです。

映画『シッコ』マイケルムーア

 まず自分を戒める意味でも、悪いところだけを抽出して編集されたものを見るのは気を付けなければいけない。そんな前提をおいておいて。

 この映画は米国の医療制度の現状と、他国の医療制度の現状を比較する映画。
 米国では公的医療保険制度は加入条件が厳しく、多くの人は民間の保険に加入する。
 しかし、民間の保険は、既往症があると加入できなかったり、金額面で厳しく米国では5000万人が医療保険に加入していない。糖尿病があると入れないとか、民間のガン保険とかならともかく、医療保険自体に入れない。つまり糖尿病になったら全ての医療が保険外になってしまうということだと思われる。
 ある保険に加入していない男性は、指が二本飛んで、くっつけるのに中指は6万ドル、薬指は1万5千ドルの治療費。その男性は薬指だけをくっつけた。
 アメリカ人を苦しめるのだろうなぁと思ったのは、911の救助にボランティアで行った人がその治療費で苦しんでいる画。
 
 その一方で、イギリスやフランス、仮想敵国キューバ等の医療制度を実際にいって聞いてきたり。そこではもちろん無料。
 さりげなく描いていたけど、フランスがそこまでキチンと整備されているのは、政治的なデモがたくさんあるからだ。と言う説明だった。フランスでは政府が国民を畏れている。米国では逆。日本でもそうだと思うけど、金がない人は選挙に行かない。それは絶望しているから。

 まあそんな現状をかなり明らかになる。
 医療制度の米国の悪い面。諸外国のイイ面。を見るのは最適の映画。

 日本でも米国でも、政治家が金持ちを畏れすぎなのだろうと思う。金持ちってちゃんと話せば結構理解してくれる。税金もイヤイヤでもしょうがないと思って払う人がかなり多い。「少しでも税金負担減らしたい!」と思っているのは小金持ち以下。金持ちは心安らかに生活したいのだ。
 政治家を批判するとすれば、そういう金持ちの説得の努力を欠いているんじゃないかな。そこは最近のイメージだ。説明するまでもなく「批判されるだろう」と勝手に思っているんじゃないか。そして勝手に「税金下げよう」と思っているんじゃないか。
 いつのまにか映画の話じゃなくなってる。

 見るべき映画。必見必見。