貸倒損失について調べていて、『興銀税務訴訟』という話にたどり着いた。
あんまり詳しく解説してくれているサイトもみつけられないので自分なりにまとめてみる。ちなみに、判例をみるのははじめてで、ド素人であります。できるだけ引用部分と、自己解釈部分わかるように書いておこうと思います。
(主に最高裁判例を元に記述。)
本文は社名は伏字ですが、
A社は日本ハウジングローン株式会社(JHL社と書く)
B銀は日本興業銀行(旧興銀と書く)
を指すものとして解釈してしています。)
要約
旧興銀が平成8年3月にJHL社に対する貸出金3,760億円の損金処理を実施したが、国税がこれを否認。この更正を不服として裁判へ。
平成8年3月 (旧)株式会社日本興業銀行(以下「旧興銀」という)は、平成7年度決算において日本ハウジングローン株式会社に対する貸出金償却額3,760億円の損金処理を実施
平成8年8月23日 麹町税務署長より当該法人税額等の更正処分通知を受領
(文末※2より引用)
高裁では
(1)道義的に回収しにくかったことは認めるけど、やっぱり全額回収不能であったとはいえないからダメ
(2)解除条件付きで本件債権の放棄がされていて、かつ、関係者の協議が成立したのも翌事業年度だからダメ
として国税の主張を認める。
(1) 平成8年3月末時点において,A社の資産からは少なくともその借入金総額の約40%に相当する1兆円の回収が見込まれていたから,本件債権が全額回収不能であったとはいえない。B銀が母体行として社会的,道義的にみて本件債権を行使し難い状況が生じつつあったといえても,本件債権が法的に非母体金融機関の債権に劣後するものとなっていたとはいえない。
(2) 本件債権には回収不能部分があったが,解除条件付きで本件債権の放棄がされたものであり,本件における流動的な事実関係の下では,本件事業年度の損金として確定したとはいえず,また,行政機関等のあっせんによる関係当事者間の住専処理に係る協議が成立したのは翌事業年度というべきであるから,本件債権相当額を損金の額に算入することは許されず,他にこの損金算入を認めるべき理由はない。
(3) したがって,本件各処分は適法である。
(文末※1より引用)
しかし旧興銀が上告した結果、最高裁は高裁とは異なる「当時のJHL社の資産等の状況からすると,本件債権の全額が回収不能であることは客観的に明らかとなっていたというべきである。」ということで、損金処理を認めた。(引用はすぐ下の、この『この裁判で明らかになったこと』参照)
こんなところです。
この裁判で明らかになったこと
この裁判で明らかになったことは
(1)貸倒損失の計上要件
(1) 【要旨1】[<u>]法人の各事業年度の所得の金額の計算において,金銭債権の貸倒損失を法人税法22条3項3号にいう「当該事業年度の損失の額」として当該事業年度の損金の額に算入するためには,当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解される。そして,その全額が回収不能であることは客観的に明らかでなければならないが,そのことは,債務者の資産状況,支払能力等の債務者側の事情のみならず,債権回収に必要な労力,債権額と取立費用との比較衡量,債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情,経済的環境等も踏まえ,社会通念に従って総合的に判断されるべきものである。[</u>]
(文末※1より引用)
『債務者の資産状況,支払能力等の債務者側の事情のみならず,債権回収に必要な労力,債権額と取立費用との比較衡量,債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情,経済的環境等も踏まえ,社会通念に従って総合的に判断されるべきものである』と言うのが大事なのかな。
(2)「全額が回収不能」っていう状態の1例
【要旨2】[<u>]以上によれば,B銀が本件債権について非母体金融機関に対して債権額に応じた損失の平等負担を主張することは,それが前記債権譲渡担保契約に係る被担保債権に含まれているかどうかを問わず,平成8年3月末までの間に社会通念上不可能となっており,当時のA社の資産等の状況からすると,本件債権の全額が回収不能であることは客観的に明らかとなっていたというべきである。そして,このことは,本件債権の放棄が解除条件付きでされたことによって左右されるものではない。
したがって,本件債権相当額は本件事業年度の損失の額として損金の額に算入されるべきであり[</u>],
(文末※1より引用)
解除条件付きの債権放棄であっても、回収不能であることが客観的に明らかであれば、貸倒損失としてえ処理してよいよ。と。
そもそもの事実関係
この話の時間的な流れ、事実関係をまとめておく。
JHL社は昭和51年に『母体行と呼ばれる銀行が中心となって設立された住宅金融専門会社の一つ』で、『金融機関から融資を受けてそれを貸し付ける営業形態を採っていた』会社。そして、このJHLにもっとも融資した金融機関が、旧興銀ということです。
その後、JHl社はバブルの崩壊の影響をもろに受けて『平成3年以降、財務状況が急激に悪化』。平成7年6月30日の時点では、『資産残高2兆5151億円のうち不良債権額が1兆8532億円に達』していたようです。
文章のあちらこちらから数字を集めてくると、以下のような状態になっていたものと想像されます。(あちこちから集めてきたので、時点とかはぐちゃぐちゃです。)
単純にB/Sっぽくすると、
余裕資金 12,103億 負債 54,197億
という悲劇的な状態。(図の一番上の行)
これを処理するために
内閣は,平成7年12月19日,
- 住専処理機構を設立して住専の資産等を引き継ぐこととし,回収不能な不良債権に係る損失見込額約6兆2700億円及び欠損見込額約1400億円を処理すること,
- 母体行に,住専に対する債権約3兆5000億円の全額放棄並びに同機構への出資及び低利融資を要請すること,
- 一般行に,住専に対する債権のうち約1兆7000億円の放棄及び同機構への低利融資を要請すること,
- 農協系統金融機関に,貸付債権の全額返済を前提として,同機構に対する約5300億円の贈与及び同機構への低利融資の協力を要請すること,
- 預金保険機構に住専勘定を設け,平成8年度当初予算において,同勘定に対して6800億円を支出すること,
- 住専処理機構により債権の回収を強力に行うこと,
- 以上について所要の法的措置を講ずるとともに,関係機関による調整が行われ適切な処理計画が策定された住専から速やかに同機構に対し資産等の譲渡を行い,その処理を着実に進めていくこと,
以上を主な内容とする閣議決定(以下「本件閣議決定」という。)をした。
(文末※1より引用、改行等少しいじっています。)
また、
大蔵省は,同8年1月24日,住専7社の第Ⅲ分類資産(最終の回収又は価値について重大な懸念が存し,したがって,損失の発生が見込まれるが,その損失額の確定し得ない資産に分類される債権)に係る損失(2次ロス)1兆2400億円の負担について,預金保険機構の中に金融安定化拠出基金を設立し,住専7社に融資している関係金融機関に基金の拠出を求め,同基金の運用益等で賄うこと等を内容とする案を示したところ,関係金融機関は,同月25日,これに同意する意向を示した。そこで,内閣は,同月30日,上記2次ロス処理方策を内容とする閣議了解(以下「本件閣議了解」という。)をした。
(文末※1より引用)
と、こんな閣議了解をした。(内閣の意思決定が完了)
そして、こういった経過を得て、旧興銀は3月21日
母体5社は,本件閣議決定及び本件閣議了解で示された住専処理計画に沿って,A社の不良資産のうちの損失見込額1兆3588億円及び欠損見込額187億円の合計1兆3775億円について,B銀及びD銀がA社に対する債権5370億円を全額放棄し,一般行がA社に対する債権合計9264億円のうち4999億円を放棄し,さらに,農協系統金融機関が3407億円を贈与することとし,これらによって上記の損失及び欠損の見込額を分担することを基本とする処理計画
(A社はJHL社、B銀は旧興銀、文末※1より引用)
を
上記の内容及びこれに意見等がある場合には同月25日までに連絡するように求める旨を記載した書面をA社に債権を有するすべての一般行に送付した
(文末※1より引用)
が
一般行から特段の意見は表明されなかった。
(文末※1より引用)
そして
B銀は,同月29日,A社との間で債権放棄約定書を取り交わし,A社の営業譲渡の実行及び解散の登記
が同年12月末日までに行われないことを解除条件として本件債権を放棄する旨の合意をした。
(文末※1より引用)
これを根拠に、三月末の決算で損金算入。
そして、
平成8年8月23日 麹町税務署長より当該法人税額等の更正処分通知を受領
平成8年8月27日 当該処分に伴い追徴税額2,226億円を仮納付
平成9年10月27日 国税不服審判所が請求棄却の裁決
平成13年3月2日 第一審判決【旧興銀勝訴】
平成14年3月14日 控訴審判決【旧興銀敗訴】
(文末※2より引用)
という流れです。
で。最高裁で旧興銀側が勝訴。
裁判の詳細
- 事件番号:平成14(行ヒ)147
- 事件名:法人税更正処分等取消請求事件
- 裁判年月日:平成16年12月24日
- 裁判所名:最高裁判所第二小法廷
- 裁判種別:破棄自判
- 原審裁判所名:東京高等裁判所
- 裁判長:滝井繁男
リンク(引用元)
※1 裁判所
※2 株式会社みずほフィナンシャルグループ:法人税更正処分等取消請求訴訟に係る判決について
※3 KPMG Japan:4.事例研究 日本興業銀行の不良債権処理をめぐる税務訴訟 - 1
関係条文等
法人税法22条
3 内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。
一 当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額
二 前号に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額
三 当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの
民法127条
(条件が成就した場合の効果)
第百二十七条 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
2 解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。
3 当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。
法人税法・基本通達 9-6-1
法人の有する金銭債権について次に掲げる事実が発生した場合には、その金銭債権の額のうち次に掲げる金額は、その事実の発生した日の属する事業年度において貸倒れとして損金の額に算入する。(昭55年直法2-15「十五」、平10年課法2-7「十三」、平11年課法2-9「十四」、平12年課法2-19 「十四」、平16年課法2-14「十一」、平17年課法2-14「十二」、平19年課法2-3「二十五」により改正)
(1) 会社更生法若しくは金融機関等の更生手続の特例等に関する法律の規定による更生計画認可の決定又は民事再生法の規定による再生計画認可の決定があった場合において、これらの決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(2) 会社法の規定による特別清算に係る協定の認可の決定があった場合において、この決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(3) 法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定で次に掲げるものにより切り捨てられることとなった部分の金額
イ 債権者集会の協議決定で合理的な基準により債務者の負債整理を定めているもの
ロ 行政機関又は金融機関その他の第三者のあっせんによる当事者間の協議により締結された契約でその内容がイに準ずるもの
(4) 債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額
法人税法・基本通達 9-6-2(回収不能の金銭債権の貸倒れ)
法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになった事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる。この場合において、当該金銭債権について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとして損金経理をすることはできないものとする。(昭55年直法2-15「十五」、平10年課法2-7「十三」により改正)
(注) 保証債務は、現実にこれを履行した後でなければ貸倒れの対象にすることはできないことに留意する。
法人税法・基本通達 9-6-3(一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ)
債務者について次に掲げる事実が発生した場合には、その債務者に対して有する売掛債権(売掛金、未収請負金その他これらに準ずる債権をいい、貸付金その他これに準ずる債権を含まない。以下9-6-3において同じ。)について法人が当該売掛債権の額から備忘価額を控除した残額を貸倒れとして損金経理をしたときは、これを認める。(昭46年直審(法)20「6」、昭55年直法2-15「十五」により改正)
(1) 債務者との取引を停止した時(最後の弁済期又は最後の弁済の時が当該停止をした時以後である場合には、これらのうち最も遅い時)以後1年以上経過した場合(当該売掛債権について担保物のある場合を除く。)
(2) 法人が同一地域の債務者について有する当該売掛債権の総額がその取立てのために要する旅費その他の費用に満たない場合において、当該債務者に対し支払を督促したにもかかわらず弁済がないとき
(注) (1)の取引の停止は、継続的な取引を行っていた債務者につきその資産状況、支払能力等が悪化したためその後の取引を停止するに至った場合をいうのであるから、例えば不動産取引のようにたまたま取引を行った債務者に対して有する当該取引に係る売掛債権については、この取扱いの適用はない。
最後に
中途半端ではありますが、書きながら十分楽しめたので公開ー。また貸倒系は寄付金や給与との絡みも合って楽しそうなのでみてみませう。